フィリピンで使われている通貨は「ペソ」です。
日本にいると当然なじみがないのですが、
フィリピンに旅行に行くついでに色々と知っておくと面白いと思います。
全部で13種類
紙幣






・1,000ペソ
・ 500ペソ
・ 200ペソ
・ 100ペソ
・ 50ペソ
・ 20ペソ
硬貨



・10ペソ
・ 5ペソ
・ 1ペソ
さらにそれ以下にセンチモ(sentimo)という単位のお金があります。




・25センチモ
・10センチモ
・ 5センチモ
・ 1センチモ
ちなみに1ペソ=100センチモです。
ペソは元々スペインの植民地で使われていた通貨単位で、
現在ペソが通貨となっている国はフィリピン以外に
・アルゼンチン
・ウルグアイ
・キューバ
・コロンビア
・チリ
・ドミニカ共和国
・メキシコ
などがあります。
1/100の補助単位をセンタボ(CENTAVO)と呼びますが、
これをタガログ語表記したものがセンチモ(SENTIMO)になります。
ちなみにペソ(PESO)もタガログ語表記するとピソ(PISO)になります。
フィリピンではどちらも1967年からPISOとSENTIMOに変更されました。
刷られている人物について
1000ペソ

上から
ホセ・アバド・サントス
1886年2月10日 – 1942年5月2日
フィリピン独立準備政府の最高裁判所長官。
第二次世界大戦の際、日本軍の侵攻にアメリカ・フィリピン軍は敗北。
マッカーサーとともに逃げることも可能でしたが残留し、非占領地域の大統領代行を務めました。
抗戦のさなか日本軍に捕らえられ処刑されてしまいました、、。
フィリピンでは抗日の英雄とされています。
ヴィンセント・リム
1888年2月24日〜1944年12月31日
第2次世界大戦中のフィリピン軍の将軍。
アメリカ軍事アカデミー初のフィリピン人卒業生でもありました。
バターンでの日本軍との戦闘の際に捕らえられ、処刑されました、、。
彼もまた抗日の英雄です。
ホセファ・レーンズ・エスコーダ
1898年9月20日 – 1945年1月6日
フィリピンのナイチンゲール。ガールスカウト創設者。
第二次世界大戦下の日本軍の侵攻の際に、
強制収容所のフィリピン、アメリカ軍兵士に医薬品や食料を密輸する活動をしていました。
しかし、日本軍に逮捕されそのまま亡くなったとされています。
1000ペソ札に描かれている3人はいずれも第二次世界大戦下の抗日の英雄なんですね。
なんか日本人としては複雑な気持ちになりますね、、。
500ペソ

アキノ夫妻
右からニノイ・アキノ (1932年11月27日 – 1983年8月21日)
コラソン・アキノ (1933年1月25日 – 2009年8月1日)
です。
ニノイ・アキノはフィリピンで非常に人気のあった政治家で、
その人気ゆえにフェルディナンド・マルコス大統領に追放されていました。
意を決して追放先のアメリカから帰国するも、空港で暗殺されました。
しかしこの事件がきっかけで妥当マルコスの機運が高まり、マルコスは追放。
彼の妻コラソン・アキノは大統領に就任しました。
ちなみにマニラ空港の正式名称はニノイ・アキノ空港です。
彼の功績を称えて改称されました。
200ペソ

ディオスダド・マカパガル
1910年9月28日 – 1997年4月21日
フィリピンの第9代大統領。
調べてみてもこれといった業績は出てこなかったので今一つパッとしないのですが、
お札になっているということは悪い政治家ではなかったようです。
ちなみにこの200ペソ札ですが、日本の2,000円札ほどとはいかないまでも
フィリピンではあまりメジャーではない印象です。
レジのお釣りで出てくることもあまりなく、見つけたらラッキーと思ってください。
50ペソ

セルヒオ・オスメニャ
1878年9月9日 – 1961年10月19日
フィリピンの第3代大統領。
セブで生まれ、若い時から政治家として独立運動に参加。
第二次世界大戦時には日本軍に抵抗する亡命政府の大統領に就任しました。
ちなみにオスメニャ家は政治家一族のようで、国会議員、市長などを多数輩出しているようです。
20ペソ

マニュエル・ケソン
1878年8月19日 – 1944年8月1日
フィリピンの初代大統領。
第二次世界大戦で日本軍の侵攻を前にアメリカへ渡り亡命政府を樹立。
残念ながら祖国の完全独立を見届ける前に病死してしまいました。
タガログ語を国語に定めたため、「フィリピン語の父」と言われているようです。
10ペソ

左から
アンドレス・ボニファシオ
1863年11月30日 – 1897年5月10日
フィリピンの独立運動家・革命家
スペインからの独立を目指すフィリピン独立革命のリーダーの一人。
貧しい家庭出身にも関わらず苦学し、多くの外国語を学び、独自の革命理論を開きました。
武装蜂起しスペインを追い出すも、今度は独立勢力内部で対立が起こります。
社会的平等を目指すボニファシオに対し、資産家グループは自分たちの経済基盤を脅かされると考え
彼を逮捕、処刑してしまいます。
悲劇的な最期ですが、今でもフィリピン人の敬愛の対象になっています。
アポリナリオ・マビニ
1864年7月23日 – 1903年5月13日
フィリピン共和国の憲法構成を書いた、フィリピン人理論家。
上記のボニファシオと対立したエミリオ・アギナルドの首席顧問となり、憲法構成を考えました。
しかし、残念ながら共和国自体は1898-1899年と短命でした。
5ペソ

アンドレス・ボニファシオ
はい、5ペソですが、なんとこちらもアンドレス・ボニファシオです!
異なる通貨で同じ人が出てくるって珍しいんじゃないですかね?
それくらいボニファシオが愛されてるってこと?
ちょっと調べてみましたが、どうやら10ペソが2018年から刷新され、
アポリナリオ・マビニだけになるようです。
ちなみに5ペソもこのデザインになったのは2017年からのようで、
それまではボニファシオと対立し、彼を逮捕させたエミリオ・アギナルドだったようです。
ボニファシオは複雑でしょうね~。
国民にとってはどちらも独立運動のヒーローなのでしょう。
1ペソ

ホセ・リサール
1861年6月19日 – 1896年12月30日
フィリピンの革命家。独立運動に取り組んだ「国民の英雄」。
26歳までに15ヵ国語を習得し、なんと日本語の研究もしていたという超天才。
医者としても活動していたようです。
比較的穏健な改革を望む独立運動でしたが、目をつけられ逮捕、流刑。
流刑先でもその地の昆虫、動物に関する研究を残すなど天才ぶりを発揮。
流刑は終了したものの、今度はボニファシオが武装蜂起を開始。
危険因子とみなされたリサールは再び逮捕、ついに処刑されてしまいます。
なんと享年35歳。
生きていればもっと大きな功績を残せたに違いありません。
ちなみに1ペソは発行されてからずっとホセ・リサールです。
それだけ絶大な人気があるということなんでしょうね。
全体的にフィリピンの通貨に刷られている人物は政治的な人が多いですね。
スペイン、アメリカ、日本と、占領されていた歴史が長く、
独立を勝ち取るということが国民の念願だったのだと思います。
それに比べると日本の通貨は文化人(福沢諭吉・樋口一葉・野口英世)ばかりなので、
全然ちがいますね。
以上、フィリピンのお金に関してでした!