「みんなが好きなことをしたら社会が回らない」とは思わない理由

ふとTwitterを眺めてたらこんなツイートを発見しました。


つぶやいたのは著名ブロガーのイケダハヤトさん。

なるほど、確かにいるな~。

「誰かがやらなきゃいけない仕事なんです」

「みんな同じ事したら成り立ちません」

って言う人。

まあ個人的には

「みんなが好きなことをしたら社会が回らない」

っていう風には全然思わない派!!

理由としては2つ。

そもそも世の中の仕事は無くても困らないものばかり

ぶっちゃけ、世の中の製品とかサービスって、
別に無くても死なないし、困らないものばかりじゃないですか!

・映画:好きだけど、観なくても死なない
・音楽:好きだけど、聞かなくても問題ない
・ラーメン:好きだけど、食べられなくても困らない
・宝石:っていうか贅沢品。なくてもOK
・美容師:メンドイけどなんとか自分で切ります

ほら、無いなら無いでなんとかなるでしょ!?

世の中は需要と供給なので、逆に言うと無くなるっていうのは、

必要とされなくなる

っていうことでしょ?

例えばポケベルだってCDプレーヤーだって、
必要とされなくなったから姿を消したわけだし。

だから今世の中にある仕事だって、一回真っ白な状態にして

さあ、今から新しく仕事始めてください。ヨーイドン!

してみたら。

「そういやあの仕事、フツーに考えたらもう時代遅れだしいらなくね?」

みたいなことが沢山出てくると思うんですよね。

「そーいやハンコってぶっちゃけもう必要ねーよな。よし、やめよ!」

みたいな。

昔の慣習とか付き合いでとりあえず続いちゃってる仕事ってかなりあると思うんだよな~。

むしろ潔くやめちゃったほうが社会は効率化するんじゃない?と思ったり。

本当に必要なら誰かが始める

「そんなこと言っても、農家や家を作る人がいなくなったら生きていけないじゃないですか!」

っていう意見もあると思うんだけど、

これもさっき言ったように需要と供給で、

必要とされる仕事=対価を払う価値のある仕事

なので、

極端な話、すべての米農家がブロガーやゲーマーになったとしたら、

米を作る人がいない=米を作れる人の需要がめっちゃ上がる

そして当然米を作れる人への対価も上がりますので、

「儲かるなら俺も米作り始めてみよっかな?」

って人が現れます。なので米は無くならない!

ようは経済的合理性が働いてバランスを取るようになるということ!

仮にもし米農家が全員いなくなっても誰も米農家を始めなかったら、、?

それはきっとみんなが

「米がないならパンかスぺゲッティを食べようっと!」

っていうマインドに変わっていったということ。
米の需要が無くなったということなんです。

なので好きなことをすればいいんじゃない?

もちろん一般的に人がやりたがらない仕事をされてる人には感謝してますし、
(というかほぼすべての仕事に感謝の念はあるけど)

誇りを持って仕事している人を見ると尊敬の念を抱きます!

だけどもし、やりたくもない、好きでもない仕事を

「誰かがやらなきゃいけない仕事だから」

って嫌々続けてるのであればそれは違うかな~と。

前述のとおり、

大体の仕事って無くても困らないし、
必要なら誰かが始めるんですよ。

もしも、

「みんなが好きなことしたら社会が回らない」
(から私は仕事をやめないし、「みんな好きなことすれば?」って言う人は嫌い)

って考える人は、

本当は自分自身が仕事をやめたくないから、

「みんなが好きなことしたら社会が回らない(から自分は仕事続ける)」

っていう理由を無意識に作っちゃってるのかもしれませんよ!

と、この辺はアドラー心理学的な話になってしまうので、
気になる方はこちらの本を読んでみてください。

まあ何が言いたいかっていうと、

細かいこと考えてないで思ったように生きればいいんじゃね?

ってこと!

ちっぽけな個人が生き方を変えたくらいで世界は変わりませんから!
自分の幸福やワクワクを最大限追及するのが一番いいんじゃないかな~。

と、いうことで

「みんなが好きなことをしたら社会が回らない」
とは思わない理由

でした。

ではでは!