たもりゆうのプロフィール

プロフィール書くなんてブロガーみたいじゃん!?

って思って書いてみました。

人のことなんて興味ねーぜ!

って人がほとんどだと思いますが、興味がある方は読んでみてください!

幼少期~小学校

生まれたのはバブル終了して間もない頃。

神奈川県で育ちました。

幼少期は引っ込み思案な性格で、外で遊ぶよりは中で遊ぶのが好きだった気がする。

でも、小学校に上がって地元のサッカークラブに入ってからはだんだんと外向きに、、。

毎年夏休みになると茅ヶ崎の従兄弟の家に行って、
釣り、プール、セミの抜け殻取りと、まあまさしく夏休みって感じのやつを謳歌してたな〜。

ちなみに夏休みの宿題は一気にやるタイプ。

流行り物にはだいたいいつも乗り遅れてて、

ポケモンカード、遊戯王カードなんかはブームのピークにようやく始めるんだけど、
当然もともとやってる子に比べたら弱いし、ブームもすぐ去ってしまうという、、。

今思えば、これって投資でも一緒なんですよね。

みんなが熱中してる時に初めてももう遅い!これ真理。

中学時代になぜか柔道部へ

中学校に上がるとなぜか硬派に憧れて柔道部へ入部。

強い男ってかっこよくない?って

わりと強豪校で、中高一貫だったので高校生も一緒に練習するんだけど、

上下関係やしごきのまあすごいこと。

先輩なんか毎日監督やそのまた先輩にビンタされてて、よく辞めないなって感じ、、。
ちなみに自分は立ち回りが上手かったのか、そういうしごきは一切受けずにいられた、、。

大学や会社でも立ち回りうまいねって言われた(悪口か?)のは
多分こういうところから来てるのかもしれない、、!

その後、家庭の都合で転校。

その学校は柔道部がなかったのでサッカー部に入り、そのまま3年の夏で引退。
県大会止まりだったけど、本当に楽しかったなあ。

あ、ポジションはフォワード。

足は速かったんだけど、ボールタッチは自分でもセンスなかったと思う。。

将棋のコマで例えると香車ってやつ。

引退後、友人の父親に借りた1960-70年代のロックフェスのビデオに影響を受け、音楽にハマる。

クラシックピアノはまだ続けてたけど、「男はギターの方がかっこよくない?」と、
ギターに夢中になる。一番好きなギタリストはThe・Whoのピートタウンゼント。(渋い)

彼の奏法で有名なウィンドミル奏法(風車のように大きく腕を回してギターを引く)

を当時日本で一番上手くできた中学生だったと思う。

失敗して流血してからやってないけど。

自堕落な高校時代

高校は学区で偏差値2番目くらいの中途半端な進学校。

結構自由な学校で、髪の色や制服もゆるゆるだった。

生活といえばこれはもう本当に自堕落で、ほとんど毎日遅刻。当然勉強も全然ダメ。

一度学年で中間テスト230位になったことがあって、

「あ、うちの学年231人だからまだ俺の下がいる!」

なんて思ってたら、

実は一人転校してました。

なんてこともあったくらい。

一応サッカー部に入ったものの、身が入らず1年あまりで退部。

いわゆる帰宅部になり、中途半端にバイトしたりしてた。

そうそう、音楽だけは結構まじめに続けてた。
当時は押尾コータローにはまってて、ギターばっかりやってたなあ。

リーダー経験が自分を変える

そんな自堕落な高校生活だったんだけど、あることがきっかけでマインドが変わりました。

僕のいた高校は体育祭の応援ダンスが結構盛んで、
1〜3年生まで夏休みをまるまる使って練習に打ち込むんですけど(受験が控えてるのに)

毎年学校外の人も見に来るくらい有名だったんですよね。

で、ひょんなことからそのリーダーに選ばれた、、。

もちろん、こいつがリーダーにふさわしいから!っていう積極的な理由ではなくて、
たまたま僕の代にリーダーシップを発揮する人間がいなかったので消去法的に、、。

生まれて初めてのリーダーってやつです。

「立場が人を作る」っていうのはよく言ったもので、
自堕落な自分がよくあそこまでやったなって今振り返って思うくらい真面目にやったと思う。

不思議なもので、最初は

「あいつがリーダーで大丈夫かよ?ww」

みたいな反応も、ちゃんとやってると

「次はなにすればいい?指示してくれよ!(キリッ)」

に変わっていって、

ああ、人に頼られるってこういう気分なんだな、、。

と、温かいを流しました。

(ついでにいうとチームも優勝しました。(ドヤァ!))

体育祭終了後、今までの自堕落な自分を反省し、猛勉強をスタート。

とは言っても3年の秋ですからね。
それまでの下積みがほぼないわけなのでまあきつかった。
自分が悪いんだけど)

1日10時間勉強しても間に合わず。
結果は受けた大学全て不合格、、。

暗い気持ちで卒業式に出席したんですが、
ここでまた人生を変える出来事がありました。

卒業式の中で、生徒の想い出の写真をスライドショーにするコーナーがあって、
そこでピアノの生演奏を頼まれたんですよね。

要はスライドショーのBGMです。

もともと学園祭のライブにはなんちゃってバンド(なぜかパートはドラム)で出てたこともあるんですけど、
卒業式となると親御さんも来るのでその数1,000人弱。

そんな数の前で演奏したことはなかったのでさすがに緊張しましたが、

なんとかやり終えた後、

「感動した」「すごかった」

というありがたい言葉をたくさんもらいました。

「ああ、自分の音楽で人の心を動かせるってなんて素晴らしいことなんだろう」

と、ピュアですけど本当に感じましたね。

感じまくった。なんなら逝った。

大学ではもっと音楽を学びたい。だけど音楽大学は学費が高い。
そうだ!大学に行ってレベルの高い音楽サークルに入ればいいんだ!

と、今思えば単純な理由なんだけど、これが大学の志望理由になりました!

勉強、勉強の浪人時代

そして浪人生というやつになるわけです。

予備校に行かせてくれた親には本当に感謝、、。

高校3年間ほとんど勉強せずに眠るために学校に行ってたような人間なので、
もう必死こいてやるしかない!

毎日9時に予備校、午前中授業、終わったら21時まで自習室で勉強、
帰ったら0:00まで勉強。

本当にこれをほぼ1年中続けてました。

たぶん当時は時計より正確に生きてた。

人生でもっともストイックな一年間だったと思います。

というか、勉強してた以外の記憶がない!
(軽い自慢ですが、日本史で全国模試1位を獲得!もう全然覚えてないけど!(ドヤァ))

その甲斐あってか、志望校に合格。晴れて大学生へ!

音楽、音楽、とにかく音楽の大学生活

大学生活は本当、音楽の一言につきます。

学業そっちのけでずっと音楽。

ただのオタクでした。

もともとクラシックよりだったのが、ジャズや1970-80年代のアメリカ音楽などに傾倒。

あまりに音楽しかしなかったので1年の前期の単位が7単位しか取れないという状況、、。
おそらく僕は学校というものに向いてないのだろう、、。

所属してたサークルはレベルが高く、毎日が刺激的だった。

それなりの楽器を求めると値段も高いので、バイトもしてましたよ。

高校の時から数えると、

スーパー、引っ越し、居酒屋、塾講師、古文翻訳、ラーメン屋etc..

色々やったなぁ、、。

逆に言うとどれも長続きはしなかったけど。

演奏する人から作る人へ

音楽を続けてるとありがたいことに周りから声をかけてもらえるようになって、
ライブハウスやレストランでの演奏などの仕事をいただくことも増えました。

また、もともとジブリの音楽などで有名な作曲家の久石譲さんに憧れていたこともあり、
自分でも曲を作ってみたりと、音楽活動の幅も広げていくように、、。

すると今度は編曲の仕事をもらえるようになり、そちらに傾倒することに。

華やかに見える音楽業界ですが、中は実にシビア。

例えば編曲の仕事を夜7時にもらった時に

「納期は7時ね」

「了解です!」

「あ、朝の7時だからね」

なんてことはザラにありました。

締め切り仕事の辛いところですね。

そんなことを在学中に続けているうちに、関わった曲の中にはオリコンで1位を獲得したものも、、!

でも自分の実力では全くなくて、本当に運がよかっただけだと思ってます。

大学は4年半かけて卒業、、。クソ。

ちなみに今でも大学卒業できない夢を見ることがたまにあります。

悩んだ末、就職を決意

「そこまでちゃんと音楽やってるんだったら、音楽続ければ、、?」

これは周りの人から多分100回くらい言われました。

自分自身も相当悩んだけど、結論としては就職する道を選びました。

理由としては、お金の面と才能の面。

やはり音楽の仕事は不安定で、収入がまちまち。
色んな事情もありお金が必要だったので、そこは正直大事なポイントでした。

また、音楽を通じて多くの人と接してきた中で本当のプロフェッショナルたちに出会いました。

それこそ才能のかたまりみたいな人たちだらけで、そんな人でも苦労している世界で

果たして自分はやっていけるのだろうか、、?

という葛藤は音楽の仕事をしながらも常に思っていました。

「上手くいくかわからない暗闇の中で努力できるのが本当の才能」

と将棋の羽生善治名人も言ってましたが、まさにそうなんだと思います。

(ちなみに会社員として働きながらもできる範囲で音楽の仕事は続けました)

泥臭い会社員時代

いわゆる就職活動というやつを始めてみましたが、
よくわからんのでとりあえずまだ募集を出している会社に応募。

ぶっちゃけ職種とかはなんでもよくて、基準は「お金」。

得られるスキルとかは正直大して変わらんやろ。
ならマネーや。

と。

運良く外資系のメーカーが営業職を募集していて、

履歴書送付→一次面接→二次面接→最終面接

ときてなんとあっさり内定。

っていうか僕、オタク音楽家なんですけど営業なんて大丈夫ですかね?

その時すでに1月でしたからね。内定をもらって3ヶ月後に入社するわけです。

仕事は外資のイメージとは程遠い泥臭い系の営業で、それこそありとあらゆる

「サラリーマンの仕事」

というやつを経験しました。

残業、出張、接待、社内調整、ゴルフコンペ、飲み会幹事、後輩指導、休日のクレーム対応、

あと、「転勤」ってやつも。

なぜか「自分は転勤しないはず」って勝手に思ってたけど、
いざ知らない土地に行ってみると結構精神的に来るものがありました、、。

そして転勤先で入会したゴールドジムで筋トレに目覚めることに、、。

もともと音楽でお世話になった先輩に

「25歳を過ぎると太ってくるから気をつけろ。仕事は体力勝負だから健康ありきだぞ」

と言われたのがきっかけだったのですが、

あまりにはまってしまって、久しぶりに会う人には誰だかわからないと言われるほど。

「ゴリラみたい」

ゴリラじゃねーよ!

そうそう、入社して早々にアベノミクス相場が到来して株価が上がった時期があって、

軽い気持ちで手を出してみたらあれよあれよと株が上がる!

調子乗ってたら初心者あるあるの高値掴みで大損するなど、結局は±0くらいでしたが

「ああ、お金を稼ぐにはお金が必要なんだなぁ」

ということを肌で感じた経験でした。

ちなみに2017年3月から仮想通貨投資を始めています。

もともと新しいもの好きのミーハーなところがあり、
口座開設はしてたんですよね。

そして、たまたま当時付き合っていた彼女と別れることになり、

何を思ったかその3時間後に全財産の半分を一気に投資。

ちなみにその通貨は翌日半分の価値になりましたとさ!
(結局上がってくれたけど、、)

色んなストレスが重なってか、マジで寝てる時の歯ぎしりが止まらなかったですね。

会社を退職

結論ですが、2018年に会社をやめました。

なんやかんやで5年近く働いてきたんですが、
多分このまま続けてると後悔するなという感情が大きくなったのが大きいです。

ある程度続けてると仕事も惰性でこなしてしまったり、
週末は合コンなどサラリーマンっぽいことをやったり。
(それはそれで楽しいのですが)

この連続に飽きてしまったんですよね、、。
(というか危機感を感じたというか)

人間変わるには環境を変えなければ行けないということで、
潔く退職することに。

まあただ仕事を通じてお世話になった方には本当に感謝しかないですね。
他にも人が抜けて大変な状況にも関わらず辞める際も温かい言葉をかけてくれました。

送別のプロテインももらいました。

前に就職することを相談した音楽の先輩に

「もし辞める時は『やめないで』って言われるくらいデキるやつにならないとダメだぞ〜」

と言われたのを思い出しました。

送別のプロテインにどれだけの意味が込められているかはわかりませんが、
引き止められるような人間になることは心掛けていきたいと思います、、。

これから

とりあえず時間に余裕があるので、これからの1年はいろんなことをトライする1年にしたいなと!

・ブログ&Twitter始める
・パーソナルトレーナーの資格をとる
・トレーニング用のアプリを作る
・投資の勉強&bot作成のためプログラミングを学ぶ
・海外に行く(今までほとんど行く機会がなかったので)

などなど。

うーん、楽しみだ〜!

長文にお付き合いくださりありがとうございます!

不定期ですがこのブログも淡々と続けていきますので、
何かの折に訪れていただけるとありがたいです!

ではでは!